オルタナ~神に選ばれなかった存在~-5-

 

燃えるような赤髪。

猫のような緑色の瞳。

 

出会ったときはつかめない笑顔を浮かべていた口元は

不機嫌そうに歪んでいた。

 

――あのとき助けてくれた男の子。

 

そう気づいた瞬間

色をなくしはじめていた瞳に、光が灯る。

 

赤髪の少年の手は、書籍を奪い去った女の子の手首をつかんでいた。

 

「あ、え、え……」

 

突然の介入者に、女の子たちの間に動揺が走る。

自分たちがとがめられたこと。――それだけではない。

彼女たちの表情が色づいたものに変わり始めたのを、●●ははためで見ていた。

 

アカデミーの人間は、一学生という肩書しかないが

一線を画した見方をされている。

 

魔道の扱いに長け、優秀な成績を示したものだけが入学できる。

 

選ばれた者たちという見方をされ

この街では一種憧憬の念を込められて見られている。

 

十字文様の入ったフード付きのマントは、彼らの証。

 

「ねえ……」

「うん、うん」

 

けれど、黄色さを含み始めた女の子たちの声の原因は

それだけではないだろう。

 

ひそひそとかわす女の子たちの頬は気色ばみ

口元には淡い笑みが浮かんでいた。

 

色白な肌に整った目鼻立ち。

大きな緑色の瞳。

やや丸みを帯びて中性的な雰囲気を持った輪郭。

 

大多数の人間に好まれる容姿を、少年は持っていた。

 

「その本、この子のだろう。かわいそうだから返してあげなよ」

「ち、ちがいます……っ」

 

書籍を持っていた女の子は手を振り払い

動揺を飲み込み、笑みを深めた。

 

「この本、元々私たちが持っていたものだったんです。

それをこの子が盗もうとしたから、取り返しただけ。

不適合者(アヌマギア)のこの子が元々悪いんですよ」

 

 

――ちがう!!!

 

なんで、平気で噓がつけるの。

どうして、そんなひどいことができるの。

どうして、私は正当にお金を払ってその本を手に入れた。

どの人間にだって許される、当たり前のことをしただけ。

 

人のものを奪って、あまつさえどうしてそんな嘘がつけるの。

 

吐息だけが、歪んだ唇からこぼれでる。

 

最後に不適合者(アヌマギア)と強調するように言った女の子の言葉に

哂いたくなってしまった。

 

……不適合者(アヌマギア)が

適合者(マギア)に何を言ったところで無駄だ。

 

全員が全員、そうじゃない。

頭ではわかっていた。

助けてくれる人だって、普通に接してくれる人だっていた。

 

だけど。だけどだけど。

いつだって、風向きは自分たち不適合者(アヌマギア)に不条理で。

 

声なんか、ないに等しい。

こののどが発する音は、意味をなさない。届かない。

 

多くの言葉が、不適合者(アヌマギア)だから

という理由だけで飲み込まれていった。

 

選定の儀に失敗したあのときから――いいや、生まれたときから、きっと、反抗することすら許されていない。

声なき存在が訴えたところで、意味なんかないんだ。

 

 

「――本当なの」

 

世界を閉ざしてくぐもっていた耳朶に、その声は強く響いてきた。

少年の瞳は、まっすぐに自分を見ていた。

 

不適合者(アヌマギア)を見下すわけでも

最初から決めつけるわけでも

面倒だと思うわけでもなく。

 

「君の目から見た世界は、どうなの」

 

――ただ自分を見てくれていた。

 

私、私は。

 

 

「か、買った……」

 

どうしてか、この、名前すら知らない少年にだけは

自分が罪を犯した人間だと思われたくなかった。

いつもみたいに、仕方ないと飲み込みたくなかった。信じてほしかった。

 

「この本、私が買った。だから、だから、……私の本……だから……っ」

 

 

ぼろぼろぼろ、と涙が溢れ出てきた。

ああ、どうして、と思うも止まってはくれない。

うまく言葉がまとまらない。のどの奥につっかえる。

 

こんな、人前で泣くなんて、カッコ悪い、ダサい。

そう思っても、止まらなかった。

 

あのとき助けてくれたこの人なら、わかってくれるんじゃないか。

そう信じたかった。

 

瞬間、女の子たちの顔に激昂が走る。

 

「っ嘘ついてんじゃないわよ!」

「そ、そーよ」

「あんたがドロボーのくせに」

「泣いて同情引こうだなんてダッサ!」

「不適合者(アヌマギア)のくせに反抗してんじゃないわよっ」

 

次々飛ばされる言葉がグサグサと突き刺さってくる。

でも、それ以上に、それ以上に、そんなことどうだっていい。

この人に、あのとき助けてくれたこの人には信じてほしかった。

 

「ふーん、そうなんだ」

 

男の子の顔が、出会ったときと同じような猫の表情になる。

 

「俺さ、少し前までとある書店で物色をしていたんだけど」

 

心の機微がわからない、人のつかめない笑み。

 

たまたまこの子がその店でこの本を買うとこ見てたんだよねー」

 

にやり、と男の子が笑った瞬間、女の子たちの表情がさぁっと変わった。

 

「そ、そ、そんなの……っ」

「それでもこの本、自分たちのだって主張して、この子がドロボーだって言うんだね?」

「そんなの嘘よ! 馬鹿じゃないの! 知らないんだから!!!」

 

女の子の罵倒の言葉に、少年の瞳が細まる。

 

「アカデミーの人間の言うことと、ただの一学生たちの言うことだったら、大人たちはどっちを信じてくれるんだろうね」

 

――地位を振りかざし、地位に守られている人間なら、わかるだろう?

 

自分たちが振りかざしたルールと同じものを眼前に出され、女の子は憤然と顔を真っ赤にした。

 

「ばっかじゃないの!! ふざけんじゃないわよっ!」

 

ばさっと手にしていた本を地面に投げ捨て、女の子は走り去っていった。

他の二人も、気まずそうにそそくさと去っていった。

 

 

涙でにじんだ視界で、●●は無残に投げ捨てられた本を見ていた。

ひるがえったマントの端で、男の子がこちらを見たことがわかった。

 

 

「魔除けのまじないのおかげで、助かったでしょ」