オルタナ~神に選ばれなかった存在~-4-

 

「不適合者(アヌマギア)のくせに

適合者(マギア)と同じ往来を歩かないでくれる?」

 

ああ、今日は本当に厄日なのかもしれない。

 

三人の可愛らしい

けれど残酷で歪んだ笑顔を浮かべた少女たちを前に

●●は絶望にも似たあきらめを覚えた。

 

 

また、黒装束の男が襲ってきたらどうしよう。

そんな不安感を抱きながら、けれど、自分の日常は変わらなくて。

 

ようやく平穏な気持ちで生活ができるようになってきた

……と思ったらこれだ。

 

適合者(マギア)による不適合者(アヌマギア)差別。

 

不適合者(アヌマギア)の自分にとってはある意味当たり前のこと。

けれど、最近はあまり起こらなくなってきていたから、油断していた。

 

 

「そもそも、不適合者(アヌマギア)のくせに

どうして魔道具の書籍コーナーなんて見てたのかしら」

 

女の子の言葉に、ぐ、と腹の底が重く沈んでいく。

 

不適合者(アヌマギア)は魔道具の書籍すら見てはいけないというの?

適合者(マギア)だって不適合者(アヌマギア)だって

学ぶ機会は平等に与えられている。

 

……形式上は。

 

目の前の女の子たちは、元同級生たちであった。

……元、友だちだった子たちだ。

 

不適合者(アヌマギア)に対する差別が根強く存在していても

国がその平等を保障しているということは

教育に関しても平等は保障されていた。

 

適合者(マギア)と不適合者(アヌマギア)の共学校。

●●もそこに通っていた。……昔、ほんの少しだけ。

 

 純粋だったうちは、まだ仲良くできた。

けれど、知識がつくにつれて、大人たちの空気や言葉に飲まれるにつれて、友だちたちはどんどん適合者(マギア)らしくなっていった。

 

……適合者(マギア)として生きてきた両親には

適合者(マギア)の群れの中に不適合者(アヌマギア)がぽんと一人紛れ込んだときにどうなるか、見当もつかなかったのだ。

少なくとも適合者(マギア)という安全を保障された側からの知見しかなかったのだ。

 

先生や学校の規則が平等を謳ったところで、意味がないのだ。

●●は学校で友だちを失った。社会から奪われた。集合意識から奪われた。

 

純粋さゆえの友情は、純粋さが知識や社会通念に覆われるにつれて軋んでいった。

昔は普通に笑い合って遊んでいたこの子たちも、いまでは、社会の上位と下位の関係でしかなくなってしまった。 

 

「黙ってないでなんか言いなさいよ、無口!」

 

 言葉の暴力にさらされても、自分の表情は微動だにしなかった。

揺らいだら、負けだと思った。

社会的な地位が高くても、人間としてこんなにもレベルが低い人たちの汚い言葉になんか揺らいでたまるかと、なんの糧にもならないプライドだけが自分を不動のものとしていた。

 

ふざけないで、ふざけないで。

あなたたちに何の権利があるっていうの。

適合者(マギア)だったら、何を言っても、しても許されるの。

 

訴えかけの言葉は、のどの奥底からふたたび胸に沈殿していく。

重い澱(おり)となって、自分を殺していく。

 

怒りと同時に、自分も適合者(マギア)として生まれたならばこの子たちみたいになっていたんじゃないか、という思いも抱いていた。

社会が、環境が、私たちの関係性を両断しているというのなら、この子たちのことを責められないんじゃないのか。

 

 この子たちも過去から続く社会通念の被害者だ。

だから、この子たちを責めるのは間違っている。

この子たちは、私が適合者(マギア)である平行世界の私そのものなんだ。

 

……そうやって、私はまた自分の心に湧き出た怒り以上に、相手を、平行世界の私を擁護するために自分の心を撲殺していく。

 

「こそこそ隠してないで、いいから見せなさいよ!」

「っ……やめて!」

 

カバンの中に隠していた書籍を無理やり奪われかけ、●●は抵抗した。

 

その瞬間、女の子たちの口には窮鼠に噛まれかけた驚き、眉には飼い犬に噛まれた主人の怒り

そして目には――残虐な笑いの光が走った。

 

無反応なやつが反応を示すことは、おもしろいのだ。

自分の存在が認知されたという快感につながる。

 

反応をすればするほど

感情の薄い人間が強く感情を見せるほど

おもしろい見世物になる。

 

 

●●は――最悪だ、と思った。

 

無理やりに押さえつけられて、本を奪い取られる。

世界を映す目が、どんよりとうつろになっていく。

 

――適合者(マギア)と不適合者(アヌマギア)は平等である。

 

世界に、平等なんてあるものか。

人間が生きるこの世界は、あまりにも理不尽だ。

 

……母胎樹を神として信仰し、絶対的なものとして扱い生き始めた人間がつくったこの世界は、あまりにも理不尽だ。

 

理不尽で、理不尽で、自分という存在をなんにも保障してくれなくて、残酷だ。

母や父という、子どもにとっては絶対的な存在証明になるはずの二人からすら、存在を保障する心を奪い去るこの社会はなんなんだ。

 

――がんばれば、報われる。今が苦しくても、いつの日かきっと。

 

いつかの日読んだ本のなかで、過去に生きた誰がしかがそう言っていた。

笑ってしまう。

 

裏を返せば、こうだろう。

――自分の生きたいように生きれない人間は、努力不足だ。がんばりが足りない。

 

どうしろというんだ。

 

――自分の人生を勝ち取りたいなら、立ち上がれ。

 

こんな世界で、どうやって立ち上がれっていうんだ。

こんなにも自分たち少数派を見下し、国が保障した”普通”さえも奪い去ろうとする人間がうごめいている世界で、どうやってレジスタンスしろというんだ。

 

がんばって生きたところで、たかがしれている。

みんながみんな、英雄になれるわけじゃない。不屈の強者になれるわけじゃない。

 

親さえも存在の味方ではない私に、どうしろっていうんだ。

 

 

「――人のものを奪い取ったら窃盗罪になるよ。

自分たちの人生に汚点を残す趣味でもあるのかな」

 

 

……弱き存在に手を伸ばし助けてくれる英雄が現れて初めて、立ち上がれる人間だっているんだ。