オルタナ~神に選ばれなかった者~-1-

 

早く終わらないかな。

帰ったらおやつを食べて、遊ぼう。

 

神聖な巨大樹の前であくびを噛み殺すほどには

幼すぎるほどに幼く、呑気にかまえていた。

 

――選定の儀に失敗したと、気がつくまでは。

 

はじめ、何が起こったのかわからなかった。

 

ざわつく周りの大人たち。

蒼白となる両親の顔。

 

すべてを純白で覆われた母胎樹。

命の象徴とされるハート型の葉は、少しも――一枚とて揺れはしなかった。

 

この世界で神と崇められる存在から、選ばれなかった。

 

――自分は不適合者だ。

 

この世で一割にも満たないほどの少数。――社会の底辺。

 

気がつくまでに、そう時間はかからなかった。

 

 

◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「気をつけてね」

「わかってる」

 

母の使いのメモを握りしめながら、森を抜けていった。

 

ざわつく市場。

あいもかわらず街は人があふれかえっていて、さわがしい。

 

メモの最初の一列目には「りんご 一ディズニ」とあった。

果物が積まれた荷台へと近づく。

 

「おじさん、りんご 一ディズニください」

「あいよ!」

 

熊のような大きな手で紙袋へと詰められていく赤い果実を見ながら、●●はピクリとまぶたを揺らした。

 

「ねえ、あの子」

「あ、ほんとだ。ねえ――」

 

ひそひそ、という若い女の子特有の高い声が聞こえてきたからだ。

 

――ああ、知っている。またか。

慣れたくもない。

 

「ね、見て、アヌマギアよ……」

 

――けれど、慣れないと先に心が壊れてしまうだろう。

 

アヌマギア。自分のアイデンティティになりそうなくらい、ずっと自分から離れることを知らない言葉。

 

――選定の儀に失敗した七歳のあのときから。

 

 

この世には二種類の人間がいる。

適合者(マギア)と不適合者(アヌマギア)。

 

適合者(マギア)は魔道具を使える人間。

母胎樹より魔道具を与えられ、それを使う資格を与えられた者。

 

不適合者(アヌマギア)は――選ばれなかった者。

母胎樹より魔道具を与えられなかった、不具の存在。

 

母胎樹。マザーリンデンとも呼ばれるその存在は、この世界では神として崇められている。

全身、根っこから幹、枝、葉の先にいたるまで、純白に覆われた神聖なる樹。

 

この世界に生を受けた人間は、皆七歳になると母胎樹の前で選定の儀を受ける。

選定の儀とは、母胎樹より魔道具を授けられる儀式。

母胎樹が選定の儀に参加した者の特質を見定め、その者にふさわしい魔道具が授けられる――とされている。

 

 

選定の儀で魔道具を与えられない――不適合者(アヌマギア)になることは、そう多くはない。――自分みたいに。

それくらい、この世界では適合者(マギア)の比率が多い。

 

選ばれる者の方が多いのだ。

こぼれ落ちる者の数の方が少ない。

 

魔道具の選別は、遺伝によるものがある。――という風に聞いている。

 

まさか自分の子が不適合者(アヌマギア)になるはずがない。

両親ともに適合者(マギア)であった我が家では、なおのことその思いがあったはずだ。

 

――それなのに、私は不適合者(アヌマギア)であった。

 

 

それが、どれほど両親をがっかりとさせたことだろう。

あのときの強張った両親の顔を、忘れることができない。

 

幸い、両親は不適合者(アヌマギア)に対する強い差別意識を持っている人間ではなかった。

だから私は、両親とともに普通の家族として同じ家に暮らすことができていた。

――本当は不適合者(アヌマギア)である私にがっかりしている、憐れんでいる思いを二人が根底に抱いていることは気づいてはいたが。

見えないふりをした。見ていたとわかれば、いまの”平穏”な”普通”の家族が壊れてしまうと怖かったから。

 

 

――この世に魔道具の有無による差別があってはならぬ。

マギアもアヌマギアも同じ人の子。

皆平等である。

 

国が定めた法でいくらそう表明したとしても、魔法のように差別がなくなるわけではない。

 

『ねえ、あの子』

『あ、ほんとだ。ねえ――』

 

自分が不適合者(アヌマギア)に選ばれたからこそ、その者として生活しているからこそ、身をもってそれを知っている。

 

 

『ね、見て、不適合者(アヌマギア)よ……』

 

――差別があるからこそ、平等を訴えかける文言があるのだ。

平等が当たり前の世界に、平等を謳う文言は存在しようはない。

 

喧噪にあふれかえっているのに、どうして自分に向けられた嘲笑混じりの声はこうも聞き取れるというのだろう。

自分の有能な耳が恨めしい。

 

甲高い声のまとまりから逃げるように、●●は足早に買い出しをすませていった。

 

「ねえ、そういえば聞いた?」

「ああ、聞いた聞いた。おめえんところも気をつけとけよ」

「やだ怖い怖い、ウチの子にもちゃんと言い聞かせとかないと」

「人さらいだろう? 恐ろしいことをする輩もいるもんだ」

「でもよう、聞いたか? なんでも――」

 

いつの世の中でも、人間は噂をするのが好きなようである。

 

 

「不適合者(アヌマギア)が――」

 

びくり、と●●は震えた。

思わず噂話を繰り広げている人だかりに目をやる。

 

けれど、その人たちは自分のことを見て、いや、存在すら意識してはいなかった。

 

 

『――なんでも不適合者(アヌマギア)が、やつらだけが狙われているってぇ話じゃねえか』

 

 

慣れた森の小道を歩きながら、街で耳に挟んだ言葉を反芻する。

 

『なあんだ、だったらあたしたちは心配いらないね』

 

あっはっは、という陽気に満ちた笑いが、自分の中ではひどく乾いた響きを持って届いていた。

 

適合者(マギア)と不適合者(アヌマギア)の間に横たわる線引きというものを、嫌でも感じ取るようであった。

 

――不適合者(アヌマギア)は、人さらいにあったって、死んだってかまわないって言うのか。

 

当人たちに、そんな意図がなかったのだとしても。

少数派の――選ばれなかった者の劣等意識は、暗く腹の底で激しくくすぶる。

 

 

この近くの街々で、何人もの人が姿を消している。

 

その噂話は、●●も耳にしてはいた。

 

家出をした、どこかで事故にあった、人さらいにあった。

たしかなことは何もわかっていない。

噂好きたちの憶測ばかりが飛び交うばかり。

 

 

けれど、不適合者(アヌマギア)だけが――というのは今日はじめて耳にした。

 

 

「……それも噂にすぎないか、な」

 

ふう、と小さく息をついたそのときだった。

 

ガサガサガサ!!!

 

何かが勢いよく、木々の間を抜けてこちらに近づいてくる。

 

「っ――!?」

 

なんだ、と目の端を横切った黒い影に気がついたときには、どんと勢いよく地面に身体が叩きつけられていた。

 

「――お前、アヌマギアだな」

 

低く冷たい声が上から降り注ぐと同時に感じたのは、首筋に突きつけられた刃の硬さ。

 

 

 

~つづく~

 

 

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<あとがき>

 

 

突然始まり、突然終わる小説。

ブログサイトですが。

 

なんだか小説が書きたくなり。

本当は違うネタを書こうと思ったのですが、ネタ帳を引っ張り出したら昔のアイデアのものが出てきたので。

カキコミカキコミもうす。

 

主人公に名前が与えられなかった。

パッと「シンシア」と脳裏に出てきたのですが、名前を与えるのが恥ずかしくて伏字にしておきました。