「アリア放浪記」背徳のルチア

教祖は、偉大な方だ。

 

それは、わかっていた。

 

けれど、教祖は

ひどく独善的で

あまりにも能力が高すぎた。

 

わたしは、もう疲れた。

もうついていけない、そう思った。

 

教義の本当の教えは

それそれの人が、それぞれの幸せを見つけて

その幸せのために生きていくこと。

 

それが、真実でしょう?

真実だった は ず  で  しょ う。

 

さようなら。

わたしの幸せはここにはありませんでした。

みんなが向いている方ではなく、みんながいるところではなく

あっちの小さな光が差す方に。

 

そこに、わたしの幸せがあるんです。

 

 

そう言った途端

いままで笑顔で接してくれていた”彼ら”は

ぎょろりと怖い目を向けてきた。

 

 

馬鹿なやつだ。

何を言っているんだ。

教義にのっとって行動できない己の言い訳をしているにすぎない。

なぜ、教祖の言っていることは絶対だぞ。

教祖の言った通りにした人間は、奇跡の光を実現したぞ。

我らも奇跡の光を実現できるというのに。

 

 

ぼろぼろぼろ、と涙がこぼれた。

 

わたしは、奇跡などほしくはありません。

わたしの心の奥底があたたかく感じる光は、もっとそばにあるのです。

わたしの光は、この手のなかにすでにあります。

 

奇跡の光。

ほしくないと言えば噓にはなるけれど

けれど、けれどけれど。

 

そんなちっぽけな光がなんだというのだ。

もっと偉大な光がほしくはないのか。

おぬしもやはり、ほしいのではないか。ならばなぜ素直にならない。

厳しい修行に耐ええぬ軟弱ものだから、逃げ出すだけの腰抜けよ。

あやつは逃げるのよ。

哂え、わらえ嗤え。

 

 

ちがう、ちがうちがう。

真実が見えていないのは、あなたたちだ。

 

本当に求めているのは奇跡の光じゃない。

教祖の扇動におどらされて奇跡の光がほしいと思い込んでいるだけだ。

教祖はたしかに偉大な方だ。

奇跡の光を実現された。

けれど、みなが教祖と同じ道を歩まされるのはおかしいではないか。

 

みんながみんな、奇跡を求めているわけじゃない。

 

 

ばかな、馬鹿なやつだ。

軟弱ものだ。

何も見えていない愚か者だ。

教祖は、誰にでも奇跡の光が実現できると

そう伝道してくれているというのに。

その道筋を示してくれているというのに。

自らその道を踏み外そうというのか。

 

お前はきっと、死ぬときに後悔するぞ。

我らと同じ道を選ばなかったことを悔やんで死の淵で泣き叫ぶぞ。

ばか、やめておけ。

教義についてくることもできない軟弱者にはもうかまうな。

あいつは背徳の輩だ。

もう放っておけ。打ち捨てておけ。

 

 

ぼろぼろぼろ、と涙がこぼれた。

 

 

私は、私は間違っているのでしょうか。

主よ。私は――。

 

目の前にある、この小さな光のそばにいたいのです。

いつだって、私のそばで無償の笑顔を向けてくれたこの――。

 

 

マリアナ協会蔵書録

「アリア放浪記」背徳のルチア