満ち足りているからこそ満ち足りない人たち

今年に入って長年自分が抱えていたタスクってのが

ほぼほぼ全部解決してしまったので

なんだか腑抜けてしまった感じです。

 

・他者評価・親の評価を中心に生きている自分

・喋れない自分

・親に依存している自分

 

長年自分を苦しめ「なんだかもやもやする……」を生んでいた

これらの問題が全部今年に入って解決してしまった。

 

うれしいことなんですけども

それが解決されたいま、自分は何を目的に生きれば良いんだろう……。

と、さまよってしまっています。

 

埋めたいと渇望して駆け抜けてきたものが埋まってしまった。

 

 

そこで、なんですが。

野口晴哉さんという日本の整体の創始者の方が残した

体癖論という中におもしろい話があるんですね。

 

つねに不安を抱えているねじれ体癖7種という人たちがいる。

この人たちっていうのはその不安をどうにかしたくて

行動している。気張っている。

駆け抜けている瞬間というのが生き生きしているんだ。

 

だからこの人たちから不安を除いてはいけない。

ある不安がなくなったら、途端に腑抜けてしまうから。

 

この人たちは前進している瞬間、駆け抜けている瞬間が最も生き生きしている。

不安をどうにかしたい、満ち足りない何かを改善したいと

動き続けることができるならこの人たちは死ぬまで生き生きできる。

 

と。

 

で、家族を含めて私はこの7種って体癖が強く出ているらしく。

 

あー……わかる。

と体癖論を見たときに思いました。

 

まさにいまその瞬間だ。

腑抜けている瞬間。

完全に不安がなくなってしまって、満ち足りてしまって腑抜けている。

 

たしかに血に飢えているような感じはします(笑)

何かを渇望しながら駆け抜けていたいという欲求がうずいている。

 

 

だから、新たに自分の解決したい何か

成し遂げたい何かを持てば、また生き生きできるのかなと思います。

 

こりゃあ、意図的につくってみましょうかな。

と画策しております(笑)

 

何かないかなーと渇望を待ち焦がれても生まれない。

自分で行動しないと何も見えてこない。

 

自分が壁にぶち当たるような行動をとってみようかな(笑)